「弘南鉄道7000系電車」の版間の差分

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元は、東京急行電鉄(東急)が1962年から1966年にかけて製造した、日本初のオールステンレスカー・7000系電車(初代)である。最初は元住吉検車区に配置され、東横線で運用された。その後一部編成が自由が丘検車区(現 自由が丘車庫)へ転属し、新製は壱者と共に田園都市線でも運用された。また1964年8月29日からは乗り入れ対応車が営団地下鉄(現 東京メトロ)日比谷線・日吉〜北千住での直通運転を開始した。
元は、東京急行電鉄(東急)が1962年から1966年にかけて製造した、日本初のオールステンレスカー・7000系電車(初代)である。最初は元住吉検車区に配置され、東横線で運用された。その後一部編成が自由が丘検車区(現 自由が丘車庫)へ転属し、新製は壱者と共に田園都市線でも運用された。また1964年8月29日からは乗り入れ対応車が営団地下鉄(現 東京メトロ)日比谷線・日吉〜北千住での直通運転を開始した。


大鰐線へは1988年に2両編成4本8両が導入された。全て東急時代に先頭車であったデハ7000形で、電装品が日立製のものに統一されている。このため、デハ7035・7036は欠番となっている<ref>両車とも東洋電機製のため</ref>。
大鰐線へは1988年に6000系デハ6005・6006と共に、2両編成4本8両が導入された。全て東急時代に先頭車であったデハ7000形で、電装品が日立製のものに統一されている。このためデハ7035・7036は欠番となっている<ref>両車とも東洋電機製のため</ref>。
それまで大鰐線では弘南線で陳腐化した車両が転配される流れになっており、弘南線と比べて車両水準が低く、また雑多な形式が配置されていた。これを解消する目的で6000系・7000系が弘南線よりも先行して配置され、これにより旧来車が廃車されることになった。<br />
 
弘南線へは翌1989年から1990年にかけて2両編成8本16両が導入された。電装品は東洋電機製に統一され、一部中間車を先頭車化改造した車両もある。
 
== 形式 ==
=== デハ7000形 ===
大鰐線に導入された車両。7035, 7036を除いて7031から7040まで連番であり東急時代から番号に変更はない。いずれも電動車で、偶数車にパンタグラフを装備する。
 
=== デハ7010形・デハ7020形 ===
 
=== デハ7100形・デハ7150形 ===


== 主要諸元 ==
== 主要諸元 ==

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